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はじめに
平成11年度から文部省で実施されることとなった「全国子どもプラン」の中に、新たな学びの場として、博物館がこれまで以上に重要な存在に位置付けられている。「親しむ博物館づくり事業〜見て触れておもしろ体験博物館」として青少年が博物館を楽しみ学ぶための諸活動に予算がつけられることとなったのである。
これまでも多くの博物館、美術館において、さまざまな参加体験型の展示やワークショップ等の活動が試みられ成果をあげているが、これらの活動に対し価値と意義が見いだされた結果であろうと考える。博物館の企画・設計・製作を推進する企業の中で、その調査・研究を行なうことを主業務としている私としては、このような動きを大変喜ばしく思っている。
その中で、楽しむ博物館のあり方として「ハンズ・オン」という言葉が用いられているが、その意味としてあげられている「自ら見て、触って、試して、考えること」という内容を、具体的にあらわしていくとすればどういうことになるのか。この点については、まだまだ議論の分かれるところであろう。
私は、この「Hands-on」という言葉が、アメリカにおいては子ども博物館の概念をひとことで伝えるためのスローガンとして用いられており、実際には単に触る、体験する、五感を使うといった事以上に、広く深い意味でとらえられているのではないかと考えている。
以下に、この夏アメリカの子ども博物館で行なった視察調査をもとに、私なりの「Hands-on」を考えてみたい。
1.「Hands-on」から「ハンズ・オン」へ
ここまで、私の発言の部分においては「Hands-on」と意識して英語表現を用いてきた。これがカタカナとなり「ハンズ・オン」と表現されるとき、日本においてもまた、新しい博物館像をもとめていくためのスローガンとなり得るのではないだろうか。あえて日本語に翻訳することなく「ハンズ・オン」としたことによって、今後、どう解釈することも、どう意味づけていくこともできるわけであり、新しい博物館のあり方について無限の可能性を秘めているという点で、なんと心強いことであろうか。
私は8月下旬から9月初旬にかけ、シカゴ、ボストン、ニューヨーク、ボルチモア、ワシントンと5都市7館の子ども博物館を訪れたが、夏休み中とあって、どこも溢れんばかりの子どもたちで大にぎわいであった。ごっこ遊びを主体とするスーパーマーケットや病院といった生活体験型の展示や、恐竜の発掘や先住民族の生活に触れるといった疑似体験型の展示、科学や物理、数学などの原理が体験をとおして理解できるよう工夫された展示など、いずれもそこに至るまでのスタッフの努力が手にとるようにわかるほど、工夫と改良が重ねられたすばらしい展示ばかりであった。それらの展示に加え、いつでも好きな時に作品をつくることができるよう準備されたアートコーナーや、1日に何種類も開催されるワークショップやストーリーテリングなどの活動も大変充実していた。また、きちんとした教育や訓練を受けたミュージアム・スタッフが、フロアで子どもたちの興味感心を引き出すような語りかけをする姿も多く見られた。これらの様子をを見るにつけ、日本にもこのようにすぐれた「Hands-on」型の博物館を、との思いを強く抱いた。
2.「Hands-on」=「かかわりあう」
1960年代初頭のボストン子ども博物館において、現在の子ども博物館のあり方の基礎を築いた当時の館長マイケル・スポック氏が、あるインタビューの中で「Hands-on」のコンセプトについて、ミニチュアの家の模型をただ眺めるだけで、想像の中の景色を歩くことができ、その模型とインタラクティングすることができるとした上で、「I
think“interactive”is a better word for what we are about than“hands-on”.」*1)と語っている。この言葉を手がかりに、「Hands-on」を日本語であらわすとするなら、どのような言葉が一番ふさわしいだろうかと考えあぐねていた折に、「かかわる」というのはどうだろうかとご教授いただく機会に恵まれた。*2)
私はここに、「あう」という「ふたりまたは二つ以上のものが集まって、一つのことをする状態を表すことば」*3)を付け加え「かかわりあう」とあらわしてみたい。この「あう」ということばの中に、より良い、より深い方向へと向かう相互作用の関係性を含め、interactiveの意も込めて用いたいと考える。
見る、さわる、聴く、味わう、嗅ぐというように物理的に五感を用いることによって、そこから広がっていく考える、想像する、思いをめぐらすなどといったことを含め総称して表現するなら、「かかわりあう」という言葉が最適ではないだろうか。
3.モノとかかわりあう、ヒトとかかわりあう
子ども博物館の中には、多くの展示物が並んでいる。館を訪れた子どもの最初のかかわりあいは、まずモノとの出会いから始まる。しかしながら、その出会い方かかわりあい方は各人各様である。決してさわることや動かすことだけが、かかわりあうということの姿のすべてではない。ある場合は、実際に手に取れないからこそ想像が広がる場合もあるだろう。見えないからこそ考えを深める場合もあるだろう。そうして現実にあるもの見えるも以上の世界が子どもの中にわきあがったとき、本当のかかわりあいの姿が見えてくる。
最も古い子ども博物館として有名なニューヨークのブルックリン子ども博物館の展示には、実際に子どもが起こす行動としては、“ボタンを押す”だけというものもいくつか見られた。その一つに、ガラスケース内に数種の民族の人形が展示されているものがある。いずれも幼い子どもにとっては初めて目にするものであり、その展示が何を示そうとしているのかなかなか理解できない。そこでは、一番左端だけが箱で覆われており、ボタンを押すことによって箱が上にあがると、子どもがいつも目にするアメリカの人形が現れ、ケース全体が人形の展示であったことに気づく。この結果に至るまでの間に、ガラスケースの前で子どもはどんな思いをめぐらすのだろうか。この一例をとってみても、「Hands-on」の意味するかかわりあいのあり方は一様でないことに考えが至る。
モノとのかかわりあいの次の段階は、展示物を通して、まわりのさまざまなヒトとかかわりあうことである。一番身近な親であったり、初めて出会う同年代の子どもであったり、ミュージアム・スタッフであったり、かかわりあいの幅が広くなることによって得ることの幅も広がっていく。子ども博物館では、展示を媒介としてヒトとヒトとがかかわりあいを持てるよう、展示のあり方に多くの工夫がなされている。
シカゴ子ども博物館の「Under Construction」では、多くの大工道具をポケットに入れたカーペンターズエプロンとゴーグルを身につけ、角材や板を組み立てて大きな構造物をつくることができるようになっている。ここで取り扱われる材料は、いずれも大型のものばかりで、とても子ども一人で対処することはできず、親や兄弟、場合によっては、そこで初めて出会った子ども同士が協力し合うという関係が、自然に発生する仕組みになっている。
4.そして自分とかかわりあう
子ども博物館をはじめ多くの博物館で、本当に子どもたちに獲得して欲しいと思っていることは、「ハンズ・オンの展示を体験しました。そして物理の原理について理解しました。」という類の、答えを覚えるということではないはずである。
「知」を、各人に内在する大きな力によって、自ら獲得していって欲しい。その道筋や方法論、組み立て方や発展のさせ方を見つけ、身につけていくことが一番重要なことだろう。その助けとなるのが「Hands-on」型の展示であり、そこにかかわる多くの人々を含めた博物館のあり方なのである。
博物館を訪れた子どもたちは、多くの経験をする。※4)モノとどうかかわりあったか、同年代の子どもや親、兄弟、スタッフたちとどうかかわりあったか。そして一番重要なことは、これらの経験をとおして、自分自身とどうかかわりあうことができたのかということではないだろうか。
「Reflection」―ここで経験したざまざまな事柄を、自分自身の中で再構築すること―※5)によって、はじめてその経験が意識化され、本当の経験となり「知」となって蓄積されていくのである。
しかしながら、このための空間と時間をきちんと確保しているところは、アメリカの子ども博物館にあっても少ないといえるだろう。そんな中で、とても温かい空間としてしつらえられていたのが、ボストン郊外のアクトンという町にあるディスカバリー子ども博物館である。古い一軒家を改装してつくられたこの子ども博物館には、幼児が一人でゆっくりとしていられる空間があちこちに配されている。暖炉の跡はふわふわのクッションで包み込まれ、子どもがちょうど一人で寝っころがれるようになっており、階段下の小さな空間では、ぬいぐるみを抱きながら、静かに流れるクジラのビデオを観ていることができるようになっている。
また、自分自身の経験をふりかえるという意味で大変興味深かったのは、ワシントンのホロコースト・メモリアル・ミュージアムの中にある子ども向け展示「Daniel’s
Story」である。「家族と共に幸せに暮らしていたダニエルが、ユダヤ人であるということから迫害を受け、隠れ家に逃げ込み、強制収容所に連行され、そして奇跡的に生還する。しかしながら、生還できたのはダニエルと父親だけで、母親と姉とは2度と会うことはできなかった。」というストーリーが、各々の場面の情景や部屋が再現された空間で、ダニエルが日記帳につづった文章によって進められていく。この展示の最後は、「ダニエルに手紙を書こう」というコーナーになっており、はがき大のカードと郵便ポストが置かれている。また、壁面にはここで書かれたさまざまな手紙が貼り出されており、ここを訪れた人々の思いを知ることができるようになっている。この空間は、展示全体をふりかえると同時に、自分がこの展示をとおして何を経験し、何を考えたのかということについて、再確認し意識化できるように構成されている。
おわりに
今年度からはじまった「ハンズ・オン」型の博物館のあり方は、これまでにない画期的な変革である。今、本当に必要なのは、この試みによって、対象である子どもたちが何を得ることができたのかを考えていくこと以上に、それを提供していく側の大人たちが、何をどう学んだのかについて、
自分自身のReflectionを行なうことではないだろうか。そこで得られた大人たちの「知」は、この事業の今後の発展に、そして、日本型の新しい博物館のあり方としての「ハンズ・オン」を求めていくために、大きく役立つはずである。
※1)Spock, Michael. “Looking Back on 23 Years”, hand to
hand, Spring, 1988, pp6
※2)、※5)上田信行氏(甲南女子大学人間関係学科教授)への筆者のインタビューによる
※3)吉田金彦 『ことばのカルテ』 創拓社, 1990, pp47
氏はこの中で、この世の中で一番たいせつなことをひと言で言い表すことばとして、「アウ」をあげている
※4)竹村真一氏(東北芸術工科大学助教授)がセミナーなどで発言されている「経験のミュージアム」という考え方を参考とする
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