第22回大会研究発表梗概
色のバリアフリー化に向けた基礎研究 その1
(平成14年度 日本展示学会研究助成対象)

『展示学 第36号』(日本展示学会)2003.11.1 
 伊藤  啓(東京大学分子細胞生物学研究所)
 橋本 知子(株式会社文化総合研究所)
 岡部 正隆(ロンドン大学キングスカレッジ)
 

■はじめに
 昨年の日本展示学会第21回研究大会において、さまざまな情報が色のみで示されている場合、日本国内に300万人以上存在する「色盲」(色覚異常・色覚障害)の人が理解に困難を生じる場合が多いことを報告し、こうした色によるバリアの改善に向けた基本的な方策についての、いくつかの例を紹介した。この結果、多くの方に「色覚バリアフリー」について理解と賛同をいただくことができたことに感謝したい。 
 しかし色覚バリアフリーの具体的な方策を考える際、色を多用した情報の見分けにくさやその改善法を現実の例を用いて実証的に調査研究した例が、現状では非常に少ないという問題がある。そこで今回私どもは、「色数が多く」「色のみで情報を伝え」「多くの人の目に触れ」「日常的に活用されている」例として、東京の地下鉄路線図を取り上げ、その見やすさを調査した。

※ 本調査研究は日本展示学会から研究助成の対象としてご承認いただいたため、公的な学術研究という性格が強まり、予想以上に多くの方々からご協力をいただくことが可能となった。あらためて感謝する次第である。

 

2.三日間のプログラム
 東京には現在、帝都高速度交通営団(「営団地下鉄」9路線)と東京都交通局(「都営地下鉄」4路線)の合わせて13の地下鉄路線がある。これらの路線には13色のシンボルカラーが営団と都営共通で決められており、駅の案内表示や路線図の色分けに使われている。
 しかしながら色盲や眼に関連する疾患を持つ人はもちろん、そうでない人でも、この13色の中に区別しづらい色の組み合わせがあったり、色名が分かりにくい色があるという声を聞く。そこで実際に人々がどのように地下鉄路線図の色を感じているかを、以下の観点からアンケートを行ない、解析することにした。

1)色名による情報伝達の確実さ
 シンボルカラーを用いた情報伝達では、ある色を見ればほとんどの人が同じ色名を思い浮かべるというのが暗黙の前提になっている。そこで実際に使用されている路線図を被験者に配布し、各路線の色名を自由回答してもらうことで、この前提がどの程度成立しているかを調べる。

2)色の違いを用いた情報伝達の確実さ
 塗り分けられた各色がどの人にも分かりやすく見分けられることも、シンボルカラーを用いる際のもう一つの前提である。そこですべての路線の組み合わせ(合計78通り)について、それぞれの色がどの程度見分けにくいかを○と△で回答してもらい、どのような色覚タイプの人に、どの色の組み合わせが見分けにくいのかを調べる。

 

■調査の概要
 「営団地下鉄路線図」(2003.3.19改訂の新版)と「東京都交通局地下鉄路線図」を配布し、それぞれについて上記の設問に回答してもらった。また回答者の色覚に関する情報、地下鉄の利用頻度、色を用いたその他の駅のサインシステムについての意見などを選択設問と自由回答で集めた。アンケートは全国の協力者約500名に配布し、有効回答数は289(回収率57.8%)だった。


■結果
1)男女別回答者総数及び年代別回答者総数
 先天色盲の男性(85名)、色盲でない男性(95名)、色盲でない女性(86名)と、それぞれほぼ同数の回答を得た。人数が少ない色盲の女性も、7名の回答を集めることができた。(属性不明者除く)
 また年代別では、30〜40歳代を中心に幅広い年齢層の回答を得た。

2)色名の集計
 まず、各路線に自由回答された色名をすべて書き出し、先天色盲の有無と眼の疾患の有無で分類した4群について集計した。さらにそれらを黒・灰・赤・オレンジ・黄・黄緑・緑・茶・青・紫・赤紫・ピンクなどの系統に分類し、比較した。
 自由回答された色名については、丸の内線、東西線、千代田線などは回答された色名が5〜7種と小さく揃っており、容易に類推がつく同系統の色名の回答が多かった。しかし有楽町線、南北線、大江戸線などでは、回答された色名は30種前後にも上った。これらの路線では色盲でない人でも5〜8%が“何色と答えてよいか分からない”と回答した。また浅草線のシンボルカラーはローズ(ピンク)だが、営団の路線図では大多数がピンクと回答したのに対し、都営の路線図では色盲でない人でも大多数が赤か朱色と回答し、ピンクと答えた人はわずか2%であった。半蔵門線は紫、大江戸線は赤紫と答える人が多かったが、色盲でない人でもこれらを逆に答える人が1割程度は存在した。また色盲の人よりむしろ色盲でない人の方が、さまざまな色名を回答した。(たとえば営団路線図の有楽町線だと、32種対14種)。このように色盲であるかどうかに関係なく、現状の路線図の色を見てどの路線が何色かを誤解なくコミュニケートできるのは、丸の内線など数路線に限られることが分かる。
 先天色盲の人の回答で特徴的なのは、まず「赤か茶」とか「赤?」のように、複数回答したり疑問符をつけて不確定さを示したりする例がかなりあったことである。これは色盲でない人にはほとんど見られない現象で、色盲の人が色名の判断に自信がないことを示している。しかし一方で、“何色と答えてよいか分からない”という回答は、色盲でない人の2倍程度は存在するものの、各路線で10%を越えることはなかった。つまり色盲の人は色が分からないわけではなく、自信はないが何らかの色名は答えられると言うことである。
 しかしこれらの回答には、色盲でない人とは異なる明瞭な傾向が見られた。銀座線(オレンジ色)は20%程度が黄緑や緑と答え、千代田線(緑色)は営団路線図で16%、都営路線図で7%が茶色と答えた。有楽町線(黄土色)を黄緑とした人は営団路線図で50%、都営路線図で30%、オレンジとした人は営団で11%、都営で20%に上る。黄土色と正答した人は、都営の方が多かった。このように路線図によって誤認率に差があることは、同じ色でもインキの色合いを微妙に調節することで、誤認をある程度防げる可能性を示唆する。
 南北線(青緑)を灰色とした人、有楽町新線(茶色)を赤と回答した人、浅草線(ピンク)を灰色とした人はいずれも20〜30%に上った。新宿線(黄緑)は約25%が黄色やオレンジと回答した。大江戸線(ぼたん色)を赤紫や紫と正答した人は50%程度に過ぎず、赤、緑、茶などの回答が多かった。これらと対照的に、丸の内線(赤)、日比谷線(ねずみ色)、東西線(明るい青)、半蔵門線(紫)、三田線(青)では、色盲の人と色盲でない人の間で回答にほとんど差がなかった。このように、誤認が起こりやすい色と起こりにくい色には、明確な差がある。今後見分けにくい路線の組み合わせなど、さらに分析を進める予定である。

■回答者全体集計(属性不明者除く)
  色盲でない 色盲である
(人)
男性 女性 男性 女性
19歳まで 2 1 10 1
20歳代 11 14 10 2
30歳代 25 36 21 2
40歳代 32 20 28 0
50歳代 11 12 15 2
60歳代 8 6 4 0
70歳代 2 3 3 0
80歳以上 1 0 0 0
合計 92 92 91 7

 

■謝辞■
 本調査の実施に際しては、帝都高速度交通営団、東京都交通局から路線図提供のご協力をいただきました。また、アンケートには大変多くの方々にご協力いただきました。特に、色覚問題研究グループぱすてるはじめ多くの色盲の方には、答えにくい設問であったにもかかわらず熱心にご協力をいただきました。あらためて御礼を申し上げます。

 

※ 本研究グループには、発表者のほか幡野由夏、木村麻樹が参加している。
※なお色盲に関しては差別的表現を避ける意図から、「色弱」「色覚障害」「色覚異常」などさまざまな言い換えがされているが、本質的に同一のものであり、本発表では価値判断を排した客観的表現である「色盲」に統一する。

 
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