第44回プリマーテス研究会記録「見る・ふれる・気づく -新しい博物学への扉-」
Hands-on?! -子ども博物館の展示から-
『財団法人日本モンキーセンター年報 平成11年度』
(財団法人日本モンキーセンター)2000 橋本知子

 
 

はじめに
 最近、「参加体験型」という言葉にかわって多く見聞きするようになったのが、「Hands-on」という言葉である。出版物や新聞・雑誌等の記事にも頻繁に使われるようになってきており、博物館関係者に限らず、一般にも多くの方々が接していることと思われる。また、平成11年度から文部省で実施されている「全国子どもプラン」の中では、新たな学びの場として、博物館が重要な存在として位置づけられ、楽しむ博物館のあり方としての「自ら見て、触って、試して、考えること」を「ハンズ・オン」という言葉であらわしている。
 しかしながら、それが何を意味することなのかについては、議論や明確な意味づけがあまりおこなわれておらず、言葉だけがあいまいなままに一人歩きしてしまい、まだまだ専門領域の範疇ととらえられているのが実状であろう。
 「Hands-on」という言葉が、博物館の中で用いられるようになったのは、1960年代のアメリカの子ども博物館(チルドレンズ・ミュージアム)においてである。今回は、これまで10年近く海外の子ども博物館の調査等にかかわっている者として、それらの事例をもとに、「Hands-on」について、単に技術的な表現形態としての「Hands-on展示」だけでなく、子ども博物館のあり方を示す概念としての幅広い意味についても考えていきたい。

1.海外の子ども博物館とHands-on展示
 今、世界中に400館から500館の子ども博物館がつくられており、その数は年々増加している。「子ども博物館」とは、Children’s Museumのことであり、正確には「子どものための博物館」と訳す方がよいかもしれない。対象者は、乳幼児から中高生くらいまでで、子どもたちが自分の住む世界を理解する手助けとなる場所として、歴史・民族・科学・音楽・芸術といったさまざまなジャンルを越えて、すべてが“子どものために”という視点で構成されている。「遊びながら学べるところ」といういわれ方もするが、子どもにとっては、遊びと学びに区別はなく、とにかく“楽しむ”ことによって、さまざまな情報や知識や知恵を自分自身に取り込んでいけるように工夫されているのが、子ども博物館なのである。
 スーパーマーケットや病院、レストランといった生活体験型の展示や、消防士に変身できるコーナーなどは大変人気がある。恐竜の発掘や先住民族の生活にふれるといった疑似体験型の展示や、実際の腸の長さをひもで示したり、体内での食べ物の流れを模式的に示した人間の体に関する展示、科学や物理、数学の原理などを体験をとおして理解できるよう工夫された展示なども多く見られる。また、生態展示の亀も、子ども博物館では水槽の上からながめるのではなく、水槽の下にもぐり込んで見上げるというようになっていたりする。
 世界で最初の子ども博物館は、1899年にニューヨークのブルックリンに誕生したが、急激な数の増加は、1960年代にボストンの子ども博物館において、「Hands-on」という画期的な展示が実践されて以降のことである。それは、「実際に体験することによって、ものごとを理解する」という基本的な考え方のもとに、ガラスケースの中に置かれていた展示資料をケースの外に出し、直接さわれるようにしたことにはじまる。その後、単にさわれるということだけでなく、「よりよい体験のあり方」ということが考えられ、「五感を使った体験」といわれる現在の「Hands-on展示」が発展してきた。
 子ども博物館において、「よりよい体験のあり方」をすすめていく上で重要なこととして考えられているのは、来館者が何を求めているのかということである。展示をつくっていく段階でも、実際に来館者の反応を見ながらでも、常に、館側が伝えたいことと、来館者のニーズが合っているかどうかの検証を繰り返すことによって、よりよい展示に変化させていく努力を続けている。この検証は「エバリュエーション」と呼ばれ、結果として来館者の満足度を満たし、その数の増加に繋がっている。
 「Hands-on」や「Hands-on展示」といわれる場合、どうしても結果的に出てきた展示表現だけが注目されてしまいがちである。しかしながら、アメリカなどで実際に「Hands-on展示」をおこなう場合には、それが展示として生まれてくるまでの過程や、その中で繰り返されるエバリュエーションを含めた展示全体のあり方、そして施設全体のあり方までも含めて考えられているのだということを、ここでは、あらためて強調しておきたい。
2.Hands-onの意味
 私は現在、「Hands-on」とは、「より良い、より深い、かかわりあい方の創造である」と考えている。見る・さわる・聴く・味わう・嗅ぐというように物理的に五感を用いることと同時に、そのことによって広がっていく考える、想像する、思いをめぐらすなどといったことを含め、総称した表現として「かかわりあう」という言葉が適切だと思う。また、それらの関係性をさまざまな形にあらわしていくことが、「Hands-on」ということではないかと考えている。

1)モノとのかかわりあい
 博物館を訪れた子どものかかわりあいは、まずモノとの出会いから始まる。しかしながら、その出会い方かかわりあい方は各人各様であり、さわることや動かすことだけが、かかわりあうということの姿のすべてではない。実際に手に取れないからこそ広がる想像の世界もあるだろうし、見えないからこそ深められる考えもあるだろう。そうして、現実にあるもの見えるも以上の世界が子どもの中にわきあがったとき、本当のかかわりあいの姿が見えてくるのではないだろうか。

2)人とのかかわりあい
 モノとのかかわりあいの次の段階は、展示物を通して、周囲のさまざまな人とかかわりあうことである。親であったり、初めて出会う同年代の子どもであったり、ミュージアム・スタッフであったり、かかわりあいの幅が広くなることによって、得ることの幅も広がっていく。子ども博物館では、展示を媒介として人と人とがかかわりあいを持てるよう、展示のあり方に多くの工夫がなされている。

3)自分自身とのかかわりあい
 これは、「経験したさまざまなことがらを、自分自身の中で再構築し意識化するため」に、博物館で過ごした時間を「Reflection(ふりかえり)」するということである。自分の中での「経験」を本当の「知」とするためには、その経験をReflectionすることによって、きちんと自分自身とかかわりあうことが必要なのではないかと思う。
 「Hands-on」において一番重要なことは、モノとのかかわりあい、人とのかかわりあいなどさまざまな経験をとおして、自分自身とどうかかわりあうことができたか、ということなのではないだろうか。

3.動物園と博物館の連携
 今回、この発表をするにあたっていくつかの動物園を訪れた。そこには、緑豊かな環境が再現されていたり、クイズ形式の展示があったり、お客様を楽しませるための工夫を随所に見ることができた。また、博物館や科学館ではほとんど用いることのない「生態展示」という言葉にふれ、動物園の動物のことも「展示」と呼ぶということには、あらためて驚かされた。このようなことから、動物園と博物館の違いについて考えたとき、「動物園では、命あるものを扱っている」という、きわめてあたりまえのことに気づかされたのだが、これは、博物館や科学館とばかりかかわっている者にとっては、考えさせられる事の多い事実であった。
 しかしながら、動物園を訪れた時に、確かに檻やガラス向こうに生きた動物がいるにもかかわらず、「今、自分と同じように生きている命がそこにいる」ということへの実感が、あまりわかなかったのである。環境教育や種の保存といったことが、動物園の担う大きな役割のひとつになっていると思うが、そのためには、まず、お客様が「生命」というものを実感するということが必要なのではないだろうか。そうでないと、たとえば、絶滅の危機に瀕した動物の話というようなことは、いつまでたっても別世界のこととしか感じられないように思う。動物園へ行った時に、人間と動物が「生きている」ということで対等になれるような場があれば、もっと「生命」というものを実感できるのではないだろうか。
 また、動物園の理想的な将来像のひとつとして、世界動物園機構という団体が1995年にまとめた「Zoo Future 2005」の中に、「動物園、水族館、科学センター、美術館、植物園のかたちをとった、生態学公園である。」という言葉をみつけた。これが意味しているのは、動物園という一つの施設がすべての機能を持つということではなく、さまざまな機能を持った施設が綿密に連携をとりあって、多くの活動をおこなうことにより、地域全体が大きな生態学的公園となるということではないかと考えている。
 世界初の子ども博物館であるニューヨークのブルックリン・チルドレンズ・ミュージアムでは、近くにあるブルックリン動物園と連携して、年1回共同の企画展を開催している。日本の多くの動物園でも、周辺には博物館、科学館、美術館などがあると思われる。地域全体としての連携ということは、現在さまざまな分野における課題となっているが、動物園と博物館の間にあっても、このような共同企画という試みが実践されていくことは望ましい方向ではないだろうか。

おわりに
 動物園を訪ねたり、図鑑を見たりということはもちろん、動物や命というものをどう展示展開していったらいいかと考えたりすることは、とても楽しい経験であった。また、これまで機会のなかった「生命」というものにふれたことにより、博物館のあり方や展示を考えていく上で、新しい視点を持つことができるようにもなった。今回、このように貴重な機会をいただいたことに、あらためて心から感謝する次第である。

 
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